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加東市と山田錦
Yamada nishiki
日本一の酒米 加東市産山田錦
加東市は、全国でも有数の山田錦の産地で、その多くが産地格付けで最上位である「特A地区」に指定されています。
ここでは、酒米の王様「山田錦」の特徴などをご紹介します。
兵庫県中央部やや南寄りに位置する加東市は、豊かな自然に囲まれながらも、神戸や大阪から車で約1時間と、アクセスの良さが魅力のまちです。酒米の王様「山田錦」の生産が盛んで、市内にある16のゴルフ場には年間約80万人のゴルファーが訪れます。
山田錦の特徴
Property
Property
Introduction
王様の特徴
酒米の特徴は、①大粒である、②米の中心に心白がある、③タンパク質が少ないことです。
山田錦は、これらの特徴をすべて持っていることから「酒米の王様」と呼ばれています。
- 01
- 大粒であること
酒米は精米歩合が高いため、大粒が好ましいとされています。米の大きさは米千粒の重さである千粒重で表現しますが、山田錦の千粒重は約27g~28gであり、食用米のコシヒカリの千粒重が約22gであることと比較してもかなり大粒な米であることがわかります。
左:コシヒカリ、右:山田錦
- 02
- 米の中心に心白があること
心白とは、米の中心の白色部分のことです。心白部分のデンプンは密度が小さく、光の透過が悪いため、白く見えています。山田錦の心白発現率は約70%といわれており、お米の内部の心白の形が線状に発現するため、精米時の砕米も少なく、大吟醸酒などで必要な高精米に適しています。また、心白の特徴として、吸水しやすいことや、麹菌の菌糸が米の内部に入りやすいことなどから、酒造りに適しているといわれています。
- 03
- タンパク質が少ないこと
タンパク質は、日本酒の雑味につながります。また、タンパク質が多いと白米の吸水性や蒸米の消化性が低下します。山田錦のタンパク質含有率は、玄米で約6~7%であり、酒造りには適当とされています。
タンパク質は米の外周部に多いため、精米歩合が高くなると精米後の白米のタンパク質も少なくなります。手間暇かけて高精米するのは、雑味を除くためです。
恵まれた土壌と気候
Circumstance
Circumstance
Introduction
酒米買うなら土地を買え
山田錦の産地では、昔から「酒米買うなら土地を買え」と言われており、土壌や気候は特に重要とされています。
具体的には、次のようなことが知られています。
- 排水が良く、かつ、粘り気のある土壌であること。
- 加東市特A地区の地層は、約3,700万年前から300万年前までに堆積した地層で、モンモリロナイトを主体とする粘質土です。モンモリロナイトは、稲の生育に必要な養分やミネラルを保つ役割があります。
- 昼夜の気温差が大きいこと。
- 加東市特A地区では、夜温が下がり、昼夜の気温差が10℃以上に達します。夜の気温が低いほど稲の呼吸による消耗が少なく、より多くのデンプンを蓄積するため、玄米の粒が充実します。
- 日当たりが良いこと。
- 加東市の気候は瀬戸内海式気候で、日照時間が長く、比較的温暖です。このような気候は、晩生の稲である山田錦の生育に適しているといわれています。
- 東西の谷。ただし、南北の谷でもよいところはある。
- 加東市特A地区は、主に東西の谷の標高50mから200mまでに位置しています。
また、南西に流れる東条川や三草川などの流域や谷あいに棚田が広がっており、日当たりもよいため、山田錦の生産に適した立地となっています。
山田錦の由来
Origin
Orijin
Introduction
昭和だったかもしれない山田錦
山田錦は、大正12(1923)年に山田穂を母、短稈渡船を父として人工交配し、品質の良いものを選ぶ選抜を繰り返し、昭和6(1931)年に「山渡50-7」と命名されました。
昭和3(1928)年に設置された酒造米試験地の初代主任である藤川禎次氏は、昭和7(1932)年から加東郡福田村沢部(現加東市沢部)の酒造米試験地の場内のほか、美嚢郡奥吉川村金会(現三木市吉川町金会)で約20品種の水稲品種比較試験を行い、「山渡50-7」が最も優れていることを実証しました。
昭和11(1936)年1月31日に開催された水稲原種改廃協議会において、「山渡50-7」は「山田錦」として新たに奨励品種に編入することが決定され、同年2月27日に兵庫県報第1065号で告示されました。
水稲原種改廃協議会において、はじめに用意されていた名称は「昭和」であり、どのような理由で「山田錦」に変更されたのかは定かではありませんが、もし「昭和」に決定されていれば、このホームページも「播州加東市産昭和と日本酒」になっていたことでしょう。
令和5年度、兵庫県酒米振興会が藤川禎次氏を顕彰し、山田錦の生産振興に貢献した団体に贈る「藤川禎次特別賞」を制定し、山田錦の種子生産を長年担っている加東市牧野の加東種子生産組合牧野支部が最初の受賞者となりました。
最後に、昭和初期はまだ道も舗装されていないにもかかわらず、現加東市内の自宅から約20km離れた三木市吉川町金会の現地ほ場まで自転車で通勤された藤川禎次氏に心から敬意を表するとともに、深く感謝申し上げます。
生産者の想い
Thought
Thought
Introduction
加東市産山田錦にかける生産者の想い
加東市東条の特A地区で山田錦の栽培を行う田尻農園。田尻信生氏・倫生氏親子は全国の蔵元から絶大な信頼を得ている生産者だ。
信生氏の山田錦の栽培歴は約40年。蔵元はもちろん、小売店や消費者とも積極的に交流を深め、より良い山田錦の育成に務めてきた。
そんな田尻親子は、どのような思いを持って日々の栽培に勤しみ、数々の蔵元とコミュニケーションをしてきたのか。
そしてこれからの山田錦栽培について、どのような思いを抱えているのか。生産者からの視点を伺った。
CHAPTER 01
蔵元と二人三脚で挑む
蔵元の求めに応じて試行錯誤
さらに高品質な山田錦を育てていきたい
「蔵元の方とお会いして、コミュニケーションをとりながら作り方を考えたり、変えたりして栽培することに、生産者として喜びを感じています」と答えてくれた田尻倫生氏。蔵元ごとに求められるポイントが異なることもあり、その都度、肥料の与え方や量を変えるなど工夫をしながらニーズに応えられるよう調整を行う。父・信生氏とともに、より高品質な山田錦を育てようと試行錯誤する日々だ。
以前は海外で仕事をしていたこともあり、海を越えた異国のレストランで、加東市が産地の酒米で造られた酒が並んでいるところを見た時は、心が震えたという。
「加東市で山田錦を栽培しているという誇りを胸に、山田錦栽培の後継者として、農地を守っていきたい。また最新の農業技術を取り入れながら、さらに高品質で蔵元のみなさんが求める酒米をお届けできればと思います」と、強い決意を語ってくれた。
CHAPTER 02
できる限り蔵元の要望に応えて
どんな酒になるのか
物語が浮かぶような酒米を作りたい
加東市東条地域生まれの田尻信生氏は、山田錦栽培歴約40年のベテランだ。「加東市のなかでも特A地区は地層の中の旨み成分が飛び抜けて高い。そうした土壌と気候風土が、山田錦の栽培に適しているのだと思います」と、この土地について語る。
東条の特A地区で生まれた山田錦を求める酒造業者は多く、田尻農園も全国の蔵元から要望を受け山田錦を届けているが、限られた生産量の中ではすべての依頼に応えることができない。それでも、真摯に蔵元と向き合いながら、これからも可能な限り山田錦を酒造りの現場へ届けていくつもりだ。
現在、田尻農園では特別栽培米や有機JAS認証の酒米の栽培にも取り組んでいる。そのような差別化した酒米も積極的に育てていきたいと信生氏。後継者となる倫生氏には、時代に合った、合理的な農業経営をやっていってほしいと希望している。
これからの山田錦栽培にかける思いとしては、「育てた酒米がどのような酒へと生まれ変わるのか、その姿が見えてくるような、物語が思い浮かぶような酒米の生産に専念できれば、それが一番良いと思っています」と語ってくれた。
生産者インタビュー
Interview